:::::「 純猫の苦悩 」::::::




「…コノエ。──俺に、傷を…付けて欲しい」


「…………………は?」



 唐突な黒猫の台詞に、意味も解らずコノエは間抜けな声を上げた。



「どこでもいい、俺の体に、刻んで欲しい」


「……………………………」


 もはや、返す言葉もない。

 傷を付ける。
 痛み?
 なにか、痛みで気を紛らわせなければならない事でもあるのだろうか。
 魔獣の血は、もうアサトの体内からは消え去ったはずだ。
 闇の力を無理やり押さえ込もうとしている訳でもあるまい。
 他に思い当たることはコノエにはない。

 だとしたら、何故そんな話になるのか。


 吉良の村へ来てから、平穏な日々が続いている。
 今日も森を歩き、縄張りを偵察して。
 夜にはこうして小さな小屋で寄り添って眠る。

 その、眠る前の静かなひと時に、この不穏な台詞だ。


「……アサト、最初から説明してくれないか?」

 緊張感を持って、コノエはアサトを見つめる。

 すると。

「──……俺は…どうしたら、もっとコノエのものになれるのか…ずっと、考えてる」

 返ってきたのは思ってもみない言葉だった。
 だが、アサトは真剣だ。
 コノエも黙って続きを促す。

「だから、…マーキングを…」


 さすがに言いにくそうに、そこで言葉は止まった。



 ──そういうこと、か…。

 だから、コノエがアサトの体に傷を付ける事に意味があるのだ、と。


 コノエは妙に納得して、深い溜め息をついた。

「…お前は、縄張りじゃないだろ?」

「でも、コノエのものだ」

 皮肉も、アサトには通じない。

 仕方が無いので、素直に言うしかないのだろうか。
 少しばかり覚悟を決め、眼を逸らしてからコノエは呟く。


「…お前は…そんなことしなくても、俺の猫なんだろう?」

 途端、視線を外した先に映っていた黒い尾が嬉しそうに撥ねた。

「──あぁ、コノエの猫だ」

「だったら、それでいいじゃないか」

「……そうか」


 出会ってから、心情も境遇も変わり、大人びた印象になったと思っていた。
 しかし、こうして微笑むと、やはりアサトなのだ。

 コノエは、大事な「コノエの猫」を片腕で器用に包み込む。



「…それに、お前が俺のものなら、俺はお前のものだろ? 俺の体にもマーキング、するのか?」

「しない! コノエはもう傷付けない!」

 悪戯っぽく笑うと、アサトは必死に言い返してきた。


「だろ? 俺だって同じだ。アサトを傷付けたくない」

 そう言うと、納得したのか何なのか、アサトは神妙な顔つきになっていた。
 また、次の方法でも考えているのだろう。
 今度は何を言い出すのか。
 ほんの少しだけ、楽しみだと思ってみたりもする。





 ──それに…。


 爪跡なら、
 もう何度も付けているのに…

 とは、恥ずかしいので教えない。







                   (終)

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甘アサコノ第3弾…!
これ、冬コミのオフィシャルワークスのSS読んで、「コノエのものに」って所でめっちゃ反応した結果です;
ほんと可愛いですアサコノ…orz