【 ENDLESS LIFE 】 「蒼葉さん、お誕生日おめでとうございます」 明るい声と同時に目の前に差し出されたのは、 何段にも重なった巨大なケーキ。 昔、何かの記録映像で見たことがあるが、 確かウェディングケーキというのが このくらいの大きさではなかっただろうか。 それを平然と両手で支えているクリアは ニコニコと微笑んでいた。 誕生日。 祝ってもらえるのは勿論嬉しいが、 とりあえず目の前の物体に圧倒される。 「あ…ありがとう、クリア」 ちなみにここは蒼葉の部屋だ。 どうやって彼がコレを運んできたのかは、 この際聞かないことにしよう。 「これ、作ったのか?」 「はい、スポンジも焼いたんですよ〜。 一段ずつ味も変えてみました。 一番下がバニラで、次がチョコ、それで 次が苺のピューレを使ってですね…」 細かい説明はよく判らないが、 とにかくクリアが蒼葉のために一生懸命作ってくれたのは解る。 それに、楽しそうな様子が伝わってきて蒼葉まで嬉しくなる。 「そっか。サンキュ」 「いえ、当然です。お誕生日はとっても特別な日ですから。 蒼葉さんが生きてるって証の日なんです。だから、僕も 全力でお祝いしたいんです」 本当に純粋に、クリアは蒼葉を慕っている。 それが少しくすぐったいような気持ちにもなるが、 クリアと一緒にいることができて…再び会うことができて すごく幸せだと思う。 作られた生命体なのは解っている。 でも、蒼葉を思うクリアの「心」は作られたものではなく、 確かに本物だから。 「それが、僕の幸せですから」 微笑むクリアは、相変わらず綺麗だ。 もう二度と見ることはできないと思っていた笑顔。 なんだか堪らなくなって、 ケーキをテーブルに置くように言い、 蒼葉はクリアの背に腕を回した。 ギュッと抱き寄せると、 その存在を確かに感じる。 「…俺も、お前に何かしてやれたらいいのに」 ふと、そんな言葉が口をついて出る。 クリアは正に献身的であり、 見返りなど求めない。 元から「対等な関係」ではなかったので、 仕方がないのかもしれないが…。 今はとても大事な存在だから。 クリアが蒼葉のために、ということを 蒼葉もクリアのためにしたい。 「蒼葉さん…」 でも、方法がわからない。 おおよそ欲というのもから掛け離れた所にいる クリアには、何をしてやれるのか。 「僕は、こうして蒼葉さんと過ごせるだけで幸せです」 「それは…嬉しいけど。なんつーか…俺は お前のマスターっていう関係じゃなく、もっと 対等になれたらいいな、とか…」 考えながら上手く言葉にならず、語尾が途切れる。 「今のままじゃ、だめですか?」 蒼葉より高い位置から覗き込んでいるくせに、 クリアの眼は捨てられた子犬のようだ。 「ダメじゃねーけど。…お前、欲しいものとかないのか?」 「これ以上、欲しいものなんてありませんが」 「そっか…」 やっぱり、クリアのためにできることは難しい。 と、 「だって、僕は蒼葉さんを全部もらってますから」 「……っ」 「蒼葉さんの時間も、思い出も、全部。そして…」 歌うような声が穏やかに続ける。 「お誕生日は生きている証の日でもありますけど、 限りある人間の生の中で、 明確に『死』へ近付くのを認識する日でもあると思います」 「……」 普段はあまり気にしないようにしているが、 人間の時計と、限りのないクリアの時計とは、 少しずつズレが生じていくのだ。 おじいさん≠ニの別れも経験しているクリアにとって それはきっと蒼葉が想像するよりもずっと…。 「だから、僕は青葉さんの思い出をいっぱいもらって、 蒼葉さんが生きていた証を残したいんです」 ふっと澄んだ瞳が蒼葉を見つめて微笑む。 「そのために、僕はずっと、永く…『生きたい』と思いました。 今はそれが、僕の生きてる意味なんだって思います。 蒼葉さんには、そんな大切なものまでもらいました」 「クリア…」 言葉に詰まり、クリアの胸に額を押し付ける。 「何があっても、ずっと 蒼葉さんが、僕の中で生き続けるように─」 END(2012.4) |