【 Versprechen 】 「──ただいま」 「あぁ、おかえり」 いつものように帰ってきたノイズを、玄関先で蒼葉が迎えた。 連絡があったとおりの時間だ。 「ほら、荷物」 「ん」 それだけで通じる。 ノイズは鞄と上着を蒼葉に預けてそのままシャワーへ向かった。 これも、いつものこと。 その間に蒼葉は鞄と上着を片付け…最後の仕上げだ。 検索したレシピだと、今からパスタを茹でればちょうど良いはずだ。 ノイズの行動パターンまですっかり身についてしまっている生活が、 照れくさい気もするけれど、なんだか嬉しい。 異国での生活はまだ始まったばかりだというのに、 特殊な環境のせいだろうか…もうずっと一緒に暮らしている感じがする。 ピピッとタイマーが鳴って茹で上がったパスタを先に作ってあったソースに絡め、 皿に盛り付けてテーブルへ。大きなテーブルには既に準備してあった数々の料理も並んでいる。 ノイズはファストフードのようなものばかり好んで食べていたようだから、 チキンやポテトも自分で揚げてみた。中身は違っても、基本的な揚げ物はタエの料理を見ていたのでお手の物だ。 それから、卵とトマトを散らしたカラフルなサラダに、酒によく合うチーズやソーセージを数種類。 勿論、普段ならこんなに手の込んだことはしないし、蒼葉は和食の方が慣れている。 けれど、今日くらいは特別だ。 そして、テーブルの真ん中には…大きなケーキが置いてある。 「よし、こんなもんだな」 と、呟いたところで、まさに計ったようなタイミングでリビングのドアが開いた。 ラフな格好に着替えたノイズが、一瞬眼を瞠って茫然と入口で立ち止まった。 「…なにこれ?」 「何って…お前、今日誕生日だろ?」 「……もしかして、祝ってくれんの?」 「当たり前だろ!」 また意地悪な質問かと思いきや、ノイズの顔は真剣だった。 相変わらずあまり表情には出ないが、何か信じられないとでも思っているようだ。 「これ…誰か来るわけ?」 「ん? あー…作り過ぎか? まぁたまにはいいだろ」 「じゃあ、アンタと二人だけ?」 「そうだよ。誰か呼んだほうが良かったか?」 「いや…」 と、突然ノイズがつかつかと蒼葉の方へ歩み寄り、勢いよく抱き締めた。 「っわ、何だよ!」 「…なんか、すげぇこうしたくなった」 「ったく」 甘えるように顔を埋めるノイズから、洗い立ての石鹸の香りがする。 そんな髪を撫でて、蒼葉は苦笑した。 過去の話は知っていたから、こんな日は大切にしたいと思った。 「っつっても、俺もばーちゃんくらいしか祝ったことねぇから、 どうしたらいいかとか良く分かんなかったんだけど」 「…子供の頃は、誕生日っていうと馬鹿みてーに親が勝手にたくさん人呼んで、 好きでもねぇ奴らに囲まれて…あれは、すげー嫌だった」 それはきっと、子供を祝うためのイベントではなくて、大人の社会の都合で。 蒼葉には想像もつかないが、ノイズの様子から嫌な感覚は何となく解る。 「ノイズ…」 「それが普通なんだと思ってたけど、…こういうのは、いいな」 それでさっき「誰か来るのか」と聞いたのだ。 「これからは俺が毎年祝ってやるから、覚悟しとけよ」 蒼葉はわざと明るく茶化すように笑い、ノイズの額に口付けた。 「じゃあ俺も、アンタが死ぬまで毎年祝ってやる」 するとノイズも顔を上げて笑った。その唇が、軽く蒼葉に落ちる。 それは、これから共に年を重ねる約束。 「お前の方が先に死んだら無理じゃねぇ?」 「俺の方が若ェし」 「このっ、──絶対、俺の方がいっぱい祝ってやる」 「負けねーし」 軽くつつき合って、ふと視界の隅の料理を思い出した。 「って、冷める前に食べようぜ」 「あぁ。これ、全部アンタが作ったのか?」 「まーな。さすがにケーキは無理だったけど」 「すげーな」 素直に感心するノイズを見たら、苦労して準備した甲斐もあったというものだ。 「ノイズ、誕生日おめでとう」 油断していたノイズの唇に、今度は蒼葉からそっと触れた。 (END.2012.6.13) |