【 way to 】




 音信不通だったノイズが突然、店にやってきて…
 気を遣ってくれたんだと思うけど、
 羽賀さんが「今日はもう上がっていい」って言ってくれた。

 こんな事情で…とも思ったが、
 ノイズのことは入院してた時から婆ちゃんも心配してたと思う。
 もちろん、口には出してなかったけど、
 きっと、俺の浮かない様子にも気付いてただろうし。

 だから、婆ちゃんにも早く知らせてあげたかったのと…。

 それから、俺がこれからどうしたいのか。
 今を逃したら言えないと思う。

 申し訳なさも感じつつ、
 また羽賀さんの好意に甘えることにして、
 俺たちは店を出た。


「うち、一緒に行くだろ?」

「あぁ。そのつもりで来たし」

 いきなり姿を消したノイズを探していた時、
 チームの仲間づてにノイズの家も調べて訪ねたことがある。
 けど、既に引き払った後で…
 今でもその時のことを思い出すと喉に嫌な苦味を感じる。

 とにかく、
 これからどうするにしても
 今日泊まる場所は必要だろう。

 …というのが「建前」なのは自分でも判っている。

 一番正直な気持ちはたぶん…
 ただ、一緒にいたいから。

 空白の3ヶ月間は長かった。
 その間のこととか、
 言いたいことはいっぱいあったけど、
 いざ口にしようとすると何も出てこなかった。


「なんつか…ほんとに戻ってきたんだよな…」

 歩きながら、なんだか感慨深くなって
 ついそんな呟きが洩れる。

「やっぱ、寂しかったんだ?」

 と、悪戯っぽく笑う顔にドキっとして、
 また俺ばっかりが振り回されてる気がする。
 でも…強がっても仕方がない。

「…あぁ、そうだよ!」

 さっきは羽賀さんやガキどもの手前答えられなかったが、
 改めて思うと…やっぱりそうだったんだな、って。

 恥ずかしいので眼を逸らして怒ったようになってしまったけど、
 それは逆に隠せない本心だったから。


 きっと、顔も赤くなってるだろう。
 だから視線を逸らしてたっていうのに。

 不意に横からノイズが覗き込んできて…

「遅くなって、ごめんな」

 囁くような声が体の芯まで到達する。

「……!」


 素直なのは良いことだ。
 そういう変化を嬉しくも思う。
 でも!
 これは心臓に悪い。

 しかも見慣れないスーツなんか着てるし…
 だからだ。きっとそうだ。
 ─こんなに異様なほど心臓がバクバクいってるのは。


「アンタ、顔真っ赤」

「うるさい。…誰のせいだよ」

 ボソボソと呟くと、ノイズがニヤリと笑う。

「へえ…俺のせいなんだ?」

「うるせー」

 言いながら、ノイズの脚を軽く蹴る。

「イテ…」

 こんな反応も新鮮だ。
 本気で痛がってるわけじゃないのは
 楽しそうな様子を見れば判る。

 きっと、ノイズは今までこうしてふざけ合うことも
 知らなかっただろうから。
 そういうのは、俺がこれから教えたいなと思う。

 そして、もちろん変わっていくのは嬉しいことだけど、
 ノイズのこんな姿を知ってるのが俺だけなのかなと思うと…
 誰にも教えたくないような、不思議な気分だ。

「……はぁ、俺も相当…重症かも」

「何が?」

「なんでもねーよ」

「ま、いーけど。時間はいくらでもあるし」

 それは「いつか問いただす」っていう意味にも聞こえるが、
 それだけの時間をこれから…─
 そう思うだけで、また一つ鼓動が跳ねた。


「もう、寂しい思いさせねぇし」

 ノイズにしれっと言われて、
 素直に嬉しいと思う反面、 少々の対抗心も芽生える。

「それはお互い様だろ?」

 お前も寂しかったんじゃないのか?とか、
 俺のことは心配しなかったのか?とか。
 
 訊きたいことも、言いたいことも、山ほどある。

「なんだよ、それ」

「べーつにー」

 少しだけ拗ねたような顔をしたノイズに向かって笑う。


 離れていたとは思えないほど何気なく
 他愛もない会話をしながら、

 家までの道を
 ゆっくり、ゆっくり歩いた。




END(2012.4)