【 proclamation of 】




「…ん?」

 ノイズと並んで通りを歩いていると、
 人だかりが目に入った。

 すぐに、その中心にいた人物と目が合う。

「お、蒼葉か」

 紅雀だ。

 向こうもすぐに気付いたらしく、
 いつもの調子で声を掛けてくる。

「あぁ」

 と、俺もいつものように返事をしてから
 ノイズのことを思い出した。

 そういえば、この二人って…
 出会い頭から常に険悪だった気が…。


 気付いた時には、取り巻きたちが道をあけ、
 既に紅雀の足はこちらへ向かっていた。

 いつもなら軽く話もするし、特に最近は…
 俺が元気なかったのも紅雀にはお見通しだったから。

 詳しいことは何も言わなかったのに、
 さりげなく気にかけてくれていたのは判ってた。

 もう大丈夫だから、と言いたいが
 今ここでノイズと鉢合わせても大丈夫だろうかという
 一抹の不安も頭を過る。

 まぁ、ノイズもあれから一回り成長したというか、
 素直にもなったし…紅雀とも上手くやれるだろうか。

 そんなことを考えて
 ふと横にいるノイズに目をやると、
 その視線につられるようにして
 紅雀は初めてノイズの存在に気付いたらしい。


「ん? 連れがいんのか? 誰だ? …って…」

 そういえば今のノイズはピアスもないし、風貌が以前とは全く違う。
 紅雀は遠目では気づかなかったのだろうが、
 近寄るにつれてその視線が徐々に険しいものへと変わった。

 対するノイズは…
 悪態でもつくかと思いきや、ニヤリと笑った。

「どうも」

「その声…やっぱりあのクソガキか。
 なんだよその格好は…。おい蒼葉、
 お前、なんだってこんな奴と…」

 途端に捲くし立てられ、返答に困る。

「えー…と…」

 どう説明すれば良いだろう。

 タワーから脱出したあと、もちろん紅雀にも会い、
 ノイズが大怪我をして入院したことは伝えた。
 けど、二人の仲の悪さは判ってたし…
 俺たちの間にあったことや、
 ずっと見舞いに行っていたことは話さなかった。


 迷っていると、ノイズが口を挟む。

「アンタには関係ないんじゃね?」

 声音こそ穏やかだったが、そのセリフは挑発以外の何物でもない。
 当然というか、紅雀がすぐにピクリと眉を跳ね上げる。

「てめェに訊いてねぇよ、俺は蒼葉に聞いてんだ」

「紅雀! ノイズも! その…色々あって…」

「そう、色々あって」

 懲りもせず、ノイズが俺の言葉を引き継ぐ。

「だから、テメェに訊いてんじゃ…─」

 そして、紅雀の反論などまるで無視をして、
 何故かノイズはグイっと俺の腰に手を掛けた。

 俺はどう答えるかをかなり必死に考えてたから、
 頭はいっぱいいっぱいだったと思う。
 だから、反応が鈍ってた。それは認める。
 ようするに油断してたんだ。
 そこのところは俺の非だ。でも…!

 こんな大勢の…しかも幼馴染やその取り巻きに
 注目されてる状態で。

 そのまま腰を引き寄せられて、ノイズと密着する形になる。

 瞬時に体を離そうとしたが、
 その時には既に反対側の手が俺のうなじを捉えていた。
 だいぶ薄れたとはいえ、指先の触れた髪がピリっと痺れる。

 密着したまま首筋まで押さえられれば、
 いつの間にかノイズの顔が至近距離に迫っている。
 それから。


「……っ!」


 ─ ちゅ。


 …………なんてもんじゃない!


「んんっ…!」

 しっかりと角度を合わせた唇からスルリと舌が滑り込んでくる。

 …あれ?
 なんか前とは感触が…違う。
 あ、舌のピアスもないからか。

 ……なんて冷静に分析してる場合でもない!!


 こんな…白昼堂々、しかも紅雀だって見てるっていうのに!

 周りでは黄色い悲鳴や野次が飛び交っている。
 紅雀も何かを叫んでいる。
 それは判るのだが、フィルターを通したように遠くからしか聞こえない。


「んー…〜〜〜〜〜!!」


 久しぶりの柔らかな感触に少しだけ流されそうになりながらも、
 なんとか距離を取ろうと両手でノイズの胸を押す。

 が、それほど体格は変わらないと思うのにその体はビクともしないし、
 ましてや自分から離れようという気は全くないようだ。

 こっちの都合などお構いなしに舌先が口腔内を掻き回す。

「んんっ…ん……ふ」

 そのうちに、胸を押す手にも力が入らなくなってくる。
 もう、なんだか…どうでもいいような…
 頭がぼうっとして…。

 その時、 微かな水音を立てて
 ようやく唇が離れた。

 小さく息を吐いて見上げると、

「─…こういうことだから。アンタには関係ないんだよ」

「て、めェ…」

 ノイズが紅雀に向き直って不敵に笑っていた。
 そして、聞いたことがないくらいの紅雀の低く押し殺した声。

 そこでやっと、俺も現実に引き戻される。

「お、お前…! お前なぁ!!」

 マイペースなノイズに振り回されっぱなしなのは
 今に始まったことではないが、それにしても…!

「何?」

 あくまで冷静な目が俺を見下ろす。

「─何、じゃない! こんな…こんな…っ」

「別に、間違ってないだろ?」

「いや、間違ってるとか間違ってないとかじゃなく…」

 ああ…変わってない。
 これがノイズだ。


 すると、低い声が割り込んできた。

「おい蒼葉、本気…なのか…?」

 ふと見ると、紅雀の眼が据わっていた。
 …これはマジでやばい…。

「紅雀…ええと…その…」

 今度こそノイズは口を挟まなかったが、
 ニヤっと笑ったまま俺の腰を抱いて離そうとしない。
 紅雀はそんなノイズを睨んでいて、
 間に入っている俺は気が気じゃない。

 確かに、ノイズに関しては「本気」というか…
 そう…なんだと思う。
 けど、とにかく紅雀はノイズが気に入らないようだし、
 事実を伝えるにしても、もう少し穏便に進めたい。

 かといって、ここで関係を否定でもしようものなら、
 ノイズがどういう行動に出るか。
 そもそも、きっと…
 傷付くだろうから…。
 傷付けられる痛みを知っている俺が、
 それをやってはいけないと思う。


 …って考えると、俺はどう答えればいいんだよ!?


 迷った挙句、


「あ、そうだ、紅雀。この件に関してはまた今度。
 後日、ゆっくり話し合おう。な? そうしよう!」


 俺はこの場を離れるという選択肢を選んだ。


「蒼葉…」

 不意に、紅雀の瞳が翳る。
 心配…されてるんだろうか。

「紅雀、俺は大丈夫だから」

 それだけはしっかりとした口調で告げて、
 ノイズを振り返り、「行くぞ」と合図をする。
 と、今度はすんなりと俺を拘束していた腕が離れた。




 そのまま踵を返し、なるべく人通りの少ない路地へ向かう。
 少し遠回りになってしまったが、
 とにかく今は、あの注目から逃れたかった。

 すぐ後ろに、ノイズも大人しくついてきていた。

「…ったく、なんてことしてくれたんだよ、お前は…」

 落ち着いたところでノイズの横に並び、
 ドッと湧いた疲れと共に大きく息を吐き出す。

「別に。普通だろ」

「…どーこが普通なんだよ…」

 相変わらずの返答に余計疲れが増す。

「つかアンタ、自覚ねぇんだ?」

「…は? なんのことだよ?」

「まぁ、どっちにしろ、俺と来るならそれでいいけど」

「だから、何の話だよ」

「何でもねーよ」

 相変わらず悪びれもしない口調。
 
 そんなところも全部含めて
 たぶん…「本気」なんだから、
 もう、仕方ないよな。




END(2012.4)