【 fur Sie 】



「……ったく、何やってんだよ」

 蓮を膝に乗せて、蒼葉がぼやく。

『蒼葉、空腹で苛立っている。
 そろそろ食事をしたほうがいい』

「だから、誰かさんが帰ってくるの待ってるんだけど」

 蓮に八つ当たりしても仕方がないと思いつつ、
 ついトゲのある口調になってしまうのは…やはり空腹のせいだろうか。

 今日はせっかく珍しい日本の食材が手に入ったので、
 タエにメールで作り方を聞いて、巻き寿司を作ってみた。

 最近ノイズは忙しそうだったし、これなら手軽に食べられるだろう、と。

 しかし、帰ってこなければ話にならない。

 蒼葉だけ先に食べているのも味気ないし…
 と思って待っているのだが、もうすぐ夜中だ。
 既に日付も変わる時間で…さすがに遅すぎる。

 それだけならまだしも、

「帰れないなら帰れないで、連絡くらいしろっつの。なぁ?」

『それはもっともだが、連絡ができない状況だという可能性も考慮する必要がある』

「わかってるけど…」

 冷静な蓮のふわふわした背に顔を埋めて、ボソボソと蒼葉は呟いた。


 ノイズはしっかりしてるし、仕事も順調にこなしているようだ。
 それは解っているのだが。

 ──また無茶したりしてないか、とか。
 何か困ったことになっていないか、とか。

 連絡すらないと心配になってしまう。




 それから少しして、
 玄関からガチャリと音がした。

 すぐに、

「ただいま」

 と聞きなれた声がして、
 蒼葉が蓮を下ろしてから立ち上がるのと同時に
 リビングのドアを開けたノイズが顔を出した。

「あ、おかえり」

 些か疲れていそうな顔ではあったが、
 あまりにもいつも通りの平然とした様子だったので、
 蒼葉は一瞬苛立っていたのも忘れてしまった。

 だが、安心した反面、怒りが再燃する。

「って、そうじゃねぇよ。お前なぁ…遅くなるなら連絡」

「──つか出かけるから。アンタも用意して」

「おい、話聞けって……は?」

 淡々と喋りながらノイズが軽くネクタイを緩めて鞄を置く。
 そのままコイルを操作して何やら慌しく画面を見つめている。


「…出かけるって、こんな時間に? 飯、作ってあるんだけど」

「じゃ、それ持って」

 蒼葉がテーブルを指すと、チラリを見たノイズが再びコイルと格闘しながら急かす。

「え、だから、こんな時間から何処に行くんだよ?」

「碧島」

「………………………はぁ?」

 しれっと返ってきた答えは突拍子もなくて…。


「よし、間に合うやつ、航空機とか手配したから。早くしろって」

 ようやく手を止めて顔を上げたノイズが、呆然と突っ立っている蒼葉に向かって言う。

「あの…話が、見えないんです…けど…?」

「今日明日休み取るために、何とか仕事終わらしてきたから」

 ──それで碧島へ?
 でも、それなら何もこんないきなりではなく、もっとゆっくり…。

 しかも、「今日明日休み」ということは、トンボ帰りでもするつもりだろうか?

「そんな急じゃなくても、もっとのんびりできる時に…」

 勿論、故郷へ帰るのは嬉しいが、突然過ぎる。

「今日じゃないと、意味ねーし」

「…?」

「アンタ、誕生日だろ?」

「え? あっ…!」

 そういえば、そうだった。
 まさか、そのために…?

 帰りが遅いと勝手に怒っていた自分を申し訳なく思いながら、
 嬉しい気持ちが心の底から溢れる。

「もしかして、それで…?」

「相手が一番喜びそうなものをプレゼントするっていうから…
 アンタが喜びそうなの、これが一番かなって」

 少し目を逸らして呟くノイズは戸惑っているのか、反応を窺っているのか。
 いつもの自信たっぷりな様子はなくて、何だか可愛い。

「ノイズ…」

 ギュッと抱きつくと、すぐにクイっと顔を上げられ、唇が重なった。

「──…って、ここでイチャつくのは今度にして、…行くだろ?」

「あぁ」




 道すがらパックに詰めて持ってきた巻き寿司をつまみ、
 飛行機で隣り合わせの席に着くなり、ノイズは寝息を立て始めた。

「まったく…無理したんだろ」

 深く沈んだ体にそっと毛布を掛け、髪を撫でる。

「ノイズ、ありがとう」

 蒼葉は、その額に小さく口付けた。







END(2012.4.22)