【 Birthdays 】




 バイトが終わって、蒼葉がそのまま蓮の病室へ向かおうとすると、
 タエから「一度帰るように」という連絡があった。


 蓮…セイが生きているという連絡を受け、
 病室で再会をしてから数日。

 蓮はまだ喋ることはできないけれど、
 意識もだいぶしっかりしてきていたし、体は少しずつ回復しているようだ。

 面会時間中はずっと蒼葉が病室に入り浸りで、
 話をすれば相槌を打ったり、唇を動かしたりする。
 言葉がなくても、それだけでも言いたいことは大体分かる。


 それから、腕や指先を動かしては不思議そうな顔をしたり…。

 蒼葉の中にいた時の蓮はわからないけど、慣れ親しんだ体といえば
 オールメイトのものしかなかったのだから、当然だろう。
 初めての人間の体は、大きさや動かし方が全く違うはずだ。

 そんな子供みたいな仕草にも嬉しさがこみ上げる。

 蒼葉にしか解らないことだが、
 今、蓮が成し得ているのは
 元の状態に戻るという「回復」ではなく
 新たなことを習得するという「成長」だ。
 それを一緒に見守ることができる。



「アイツ、ケーキなんて食うかな?」

「ワン!」

 つい癖で、蒼葉は足元をちょこちょことついてくる犬型の蓮に話しかける。

「セイは姫って言ってたくらいだし、甘いもの好きそうな感じだったけど…
 味覚はどうなんだろうな?」

 最初は苦しくて、思い出すのも辛かった存在だが、
 今は現実を受け止めているし、とても感謝している。
 こうして思い出すことが、セイにとっても幸せなのではないかと思えるようになった。

 タエから渡された袋をつぶさないように両手で抱え、蒼葉は病室への道を急いだ。



「入るぞ」

 コンコンとノックはするが、返事も待たずにドアを開ける。
 室内に入ると、すぐに金色の眼が蒼葉を捉えた。

「遅くなって悪ィ。婆ちゃんが珍しくケーキ焼いたから持ってけって。
 お前と一緒に食べろってさ」

 言いながらベッドの傍まで寄り、サイドテーブルに荷物を置いた。
 袋の中には箱に入れられたケーキが入っている。

「……」

 蒼葉が慎重にケーキを取り出す様子を、蓮はやけに真剣に見ていた。

 覗きこむ様子が、膝の上で身を乗り出していた姿を彷彿させて微笑ましい。
 犬の姿の時にも見ていたものだろうが、視点が違うと見え方も違うのだろうか。
 
「あ、チーズケーキだ」

 箱から出てきたのは、シンプルではあるけれど食べやすい大きさにカットされた
 スティック状のベイクドチーズケーキだった。
 ふわふわというよりは硬めでしっとりしている。
 これなら病室でも食べやすいという配慮だろう。

 クリームチーズたっぷりのケーキは
 ドーナツより焼くのに手間と時間が掛かる分、滅多にお目に掛かれない。
 そのレア感もあるが、やはりタエの手作りは文句なしに美味いのは判っている。

「久しぶりだなー。今日はなんかいいことでもあったのかな」

 それか、あまり嬉しそうに蒼葉が連の話をしたので、
 連にも食べさせてあげたかったのかな──
 などと考えながら早速ケーキの一つを手に取り、改めて連の方を向き直った。

「ほら、連。食ってみろよ」

「……っ」

「ん?」

 と、何か言いたそうに連の唇が動く。
 
「どした?」

 息の音、かすかな動きも逃さないよう、
 蒼葉はすぐに手に持っていたケーキを置いて、連に顔を寄せる。
 と、


「──…あ、…」


「…! 連っ、声…!」 

 掠れていたけれど、それは紛れもなく…。


「ぁ…、お…、ば」


「連!」
 
 言葉と同時に、蒼葉は連の頭を両手で抱え込んでいた。
 そのまま胸に抱き寄せ、髪に顔を埋める。


 ずっと、待ち望んでいた声が…。

 自然と眦から熱い雫が溢れる。


「…あ、…っ」

 しかし、慣れない喉の動きなのか、
 連はすぐに顔をしかめて苦しそうに咳き込んだ。

「無理しないで、ゆっくりでいいから」

 蒼葉は慌てて止めようとするが、連は首を横に振った。

 どうしても、言いたい…と、金の瞳が訴えるように見上げて来る。

「あぉ、ば…」

「ん…」

 大きな青いふわふわの髪を胸に抱いたまま、
 蒼葉はゆっくりと待つ。


「…たん、じょう…び、──お、めで…と…ぅ…」


「──! あ…」


 それで、ケーキ。
 それで、連は今──

 そう思うと、涙腺が壊れたように涙が止まらなくなった。


「…っ、ありがとう」

 この数日間、連のことで頭がいっぱいで、
 誕生日などすっかり忘れていた。

 だが、蒼葉の誕生日だということは…

「連、お前だって…、誕生日、おめでとう」

 すると、連は少しだけ驚いた顔をして、
 それからにっこりと微笑んで、蒼葉の涙の跡を丁寧に舐めた。



END(2012.4.22)