-:-:-: catwalk :-:-:-:-



 傷はだいぶ癒えてきた。
 失われていた体力も、徐々に回復しつつある。

 処刑人…グンジに捕まって、まさか生きて自由になれるとは思わなかった。

 …いや、イグラに勝利して冤罪を晴らすまで、本当の自由とは言えないのだが。
 その為には、一刻も早くタグを集めて王に挑まなくては…。
 そう、一刻も早く、この街を出たい。
 このバトルフィールドにいる限り、処刑人の影は付いて回る。

「飽きたから捨てた」と言っていた。
 もう興味を無くしたのなら、手出しもされないかもしれない。
 だが、心に染み付いた不快感は決して消えることはない。
 …2度と、会いたくなかった。



 しばらくは、人目につかない場所で体を休めていた。
 ──そろそろ動けそうだ。
 情報や食料も仕入れなければならない。
 アキラは少し考えて、中立地帯となっているクラブへ足を向けた。




 見知った顔はいなかった。
 どれだけ捕まっていたのか解らないが、状況は変わっているのだろうか。
 正直自分から話し掛けるのは苦手なのだが、情報を得る為だ…とアキラは手近な人物に声を掛ける為、壁際から辺りを眺めた。

 その時だった。

 騒がしかった室内が、急に水を打ったように静まり返る。
 息を呑む音さえ聞こえてきた。

 そして、不気味に響く、気だるいブーツの足音。
 …それは…いつも聞いていた…。


「おー。いたいたー」

 ゆっくりだが酷く楽しげなその声は、まっすぐにアキラへ向けられていた。

 ──グンジだ。
 今日はいつも隣にいるキリヲの姿はない。

 中立地帯にまで踏み込んで来るなんて…そういう雰囲気で、周りは凍り付いている。

 自然と開いた道をゆったりと歩き、やがてグンジはアキラの正面で止まった。
 威圧される空気は、たとえ一人だろうと変わらない。
 純粋な…子供の狂気に笑んだ顔で見下ろされる。

「元気になったかぁ? 捨てねこさー」

 薄汚れた壁に背中を押し付けられた。
 グンジが息の掛かるほどに顔を寄せてくる。

「……なん…で…」

 体が覚えている感覚に全身が強張り、声を出すのもやっとだった。
 掠れた声で、それしか言えない。

「何が?」

「…飽きたんだ…ろ…?」

 嫌な感じに喉が渇いている。

「あぁーだなー。だから捨てたんだよ」

「だったら…!」

「わっかんねぇかなぁ…だからさぁ? 飼うのに飽きたんだつの」

「それ…じゃ…」

 愕然と目を見開く。
 と、途端にグンジは盛大に笑った。

「ひゃははは! そうそう、その顔だよその顔!」

「……ッ」

 そうだ。
 この狂ったケダモノは、人間の恐怖や苦痛が好物なのだ。

「やっぱさぁ、飼いねこじゃさー。そんな顔しねーもんなぁ!」

 "自由"の言葉が、音を立てて崩れて行く。
 束の間与えられたその甘美な響きが、余計に虚しい。


 それから、不意にグンジが後ろを振り返った。
 そして、萎縮した観衆に向かって喚く。

「お前らもさぁー。コイツで勝手に遊んだりしたら……殺っちゃうよ?」

 ──…最悪だ…。
 これで、アキラに関わろうとする者はいなくなっただろう。
 誰だって、処刑人に目を付けられたくはない。

「鬼ごっこといこーぜ。な? ア・キ・ラ」

 捕まっていた時でさえ滅多に呼ばなかった名前が、湿った舌と共に鼓膜を濡らした。



 トシマという広い庭は、散歩道の一つに過ぎなかったようだ。

 ──…一刻も早く、ここから…。
 血の上らない朦朧とした頭で、アキラは何度もそう唱えた。




                          (了)









+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
続きでした。
どこまでも続きそうですねこれ。
絶対解決はしないと思う。
いいなぁ。
ボロボロにされても逃げるアキラ