<<++ Shang, ri-La ++>>
道端に、邪魔なものが転がっている。
無法者しかいない街なのだ。
別に珍しいことじゃない。
ただ。
「…ノラ猫かよ…」
いきなりジャレついてきたソレをかわしてキリヲが呟く。
愛用の鉄パイプから金属を跳ね返す音が響いた。
よく見ると、ノラ猫の手には鋭い爪が光っている。
また無法者に新顔が加わったらしい。
まぁ、荒くれ者が大量に流れてくる分、大量に「いなくなる」街なので、誰がいるかなど一々覚えてもいないが。
でも、猫はいなかったはずだ。
少なくとも、誰彼構わず襲い掛かってくるような攻撃的な猫は。
「うぜぇからさぁ…どっか行けよ」
ダルそうな、高めの声がした。
鬱陶しく掛かった前髪から、鋭い瞳が覗いている。
殺気は感じないが、きっと躊躇いもなく人を殺せる眼。
まだ成長しきっていない細い肢体でも、なかなか骨はありそうだ。
ほんの少しだけ、興味を覚えた。
「…ヤんのかァ…? アァ?」
ニヤリと笑って見下ろしてみる。
ちょうど退屈していた。
すると、ノラ猫もニィっと笑った。
途端。
何の予備動作もなく、影が飛んだ。
僅かに引かれていた爪が、勢いに乗って突き出される。
一瞬で完全に心臓の上を狙っていた。
キリヲは上体を逸らして、反転する勢いで鉄パイプを猫の背中に振り下ろす。
しかし、予想以上に素早いノラ猫はアッサリとそれを避けて横へ飛び退いた。
「…ふーん」
飛び退いたまま2、3歩下がる。
間合いを取ったつもりのようだ。
そう簡単にはいかないと踏んだのだろう。
値踏みするように頭の先から爪先まで見据えてくる。
それは楽しそうに、鈍く光った金属の爪を味わうように舐めながら。
「年寄りのクセにやるじゃん」
「クソガキとは違ぇよ」
褒められたのか貶されたのか判らない遣り取りにお互い怒るでもなく、鋭い眼だけが相手を窺う。
「アンタの血さー…見てぇなー」
「俺ぁよォ…テメェの脳味噌、カチ割ってやりてぇなァ…」
「言うじゃん? クソジジィ」
「いくらでも言ってやんよ、クソガキ」
何がおかしい訳でもないのだが、腹の底から笑いが込み上げてくる。
楽しいオモチャを見つけたから、かもしれない。
見れば、ノラ猫も心底楽しそうに口端を歪めていた。
慣れているもの同士、「喧嘩」の空気を読むことは容易い。
仕掛けたのは同時だった。
上体が傾いたと思った次の瞬間には、攻撃の手が迫っている。
ガタイの違いもあり、猫は素早い。
キリヲの正面で、右の爪が斜めに振り下ろされる。
手にした鉄パイプを最小限で回転させ、その手首を払う。
爪の軌道がずれる。
だが、今度は左の爪が反対側から同じく斜めに奔る。
咄嗟に、鉄パイプを突き出した。
棒の先が猫の腹に食い込む。
「っぐ…ぁ」
至近距離からの突き出しだったので、それほどの力は入っていない。
しかし、キリヲの並々ならぬ腕力があれば、この距離でも相当にダメージを与えられるはずだ。
「…っテェなぁ…」
猫が一歩下がって腹を押さえる。
口元には、笑みが張り付いたままだ。
状況を楽しんでいるとしか思えない。
──どうやって捻じ伏せてやろうか。
キリヲの顔も、愉悦に染まる。
その思考が、油断を生んだ。
少し身を屈めて、猫を覗き込んだ途端。
唐突に爪が翻った。
どうやら目を狙っていたらしい一筋が、瞬時に身を引いたキリヲの額を掠った。
「チェッ…外した…」
不貞腐れたような声がした。
「…やってくれんじゃねーかよ」
傷はそれほど深くない。
ただ、頭という場所柄、大袈裟に鮮血が伝う。
それをジーッと見ていた猫が顔を顰めた。
「んー…あー…なんかさー。ジジイの血ィじゃさーあんま美味くなさそーだなー」
「テメーもさぁ…食えるほど脳味噌入ってなさそーだなァ」
一瞬睨みあったところで、不意にお互い力を抜く。
「ま、いいや…また遊べよ」
どうでもよさそうに呟いて、猫が背を向けた。
両手を頭の後ろで組んで、全く無防備にダラダラと歩き出す。
「テメェがクタバってなけりゃアなー」
そんな姿に襲い掛かる趣味はない。
向こうもそんな気配を嗅ぎ取っているのだろう。
額に流れた血を片手で乱暴に拭い、キリヲも歩き出す。
捻じ伏せられなかったのは少しばかり残念だが、また遊べばいい。
退屈していた。
掌にへばり付いた血は、悪くない。
キリヲの血を見せてくれる雑魚はそうそういない。
再戦の約束も確証もない。
いくら閉鎖された無法地帯だとはいえ、ノラねこ1匹見つけるのは大変だ。
だが、あの猫とは、また会うような気がした──。
(了)
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キリヲたんの額の傷はグンジが付けたんだったらいいなぁいいなぁいいなぁいいなぁいいなぁ…
むしろ付けたんだろ!? ってな妄想からこうなりました…;
出会い頭はやっぱこーじゃないかなぁと。いきなりは仲良くないと。絶対戦ってるだろう、と…。