「 believe that ... 」
窓から差し込む夕陽が長く伸びて、部屋を赤く包み込む。
もうじき日が暮れるのだろう。
いつもなら自室かバイト先で過ごしているこの時間を、違う場所で迎える不思議。
そして、近くに感じる、気配。
文字を追っている視線はノートの上を滑り、濃く映り込んでいるペンの影だけが目立って見える。
軽く握り込めば黒い影も動き、ぼんやりとその様子を見ていると。
微かな衣擦れの音とともに、気配が、動いた。
「…おまえさ」
感情など見えない、無機質な低い声。
蓉司が顔を上げると、哲雄がまっすぐに覗き込んでいた。
「あ…悪い…」
今は哲雄の部屋で勉強を教えてもらっているところだった。
それを、当の蓉司が集中もせずにいては意味がない。
気付いて、蓉司は慌てて謝った。
しかし、哲雄は全く気に留めた様子もなく、唐突に切り出す。
「おまえ、夢とかあんの?」
「…夢?」
「将来。どうしたいとか」
「将来…」
思ってもみなかった問いに、蓉司はただ反芻するしかない。
「目標。そんなのもないのに勉強、するのか?」
「…あぁ」
卒業はしなくてはならない。
それは姉に対する義務のようなもので、何か目標があるという訳ではない。
だから、考えたこともなかった。
ただこのまま平凡に高校を卒業して、進学するつもりはないから、仕事を探すのだろう。
自分の話だというのに、他人事のようにどこか遠くで感じられる。
それで集中していないと思われたのだろうか。
「ないならいいけど」
あっさりと、哲雄は読んでいたらしい本に視線を戻した。
勉強を教えるといっても基本的には蓉司が解らないところを訊くというスタイルなので、蓉司が問題を進めない限りは哲雄の出る幕はない。
彼の時間を割いているという多少の申し訳なさも感じながらも、なんとなくこうして並んでいる時間を…心地よくも感じていた。
「夢は…考えたことないけど…」
「…けど?」
続く調子の語尾を汲み取った哲雄が、再び蓉司を見据える。
「……いや、なんでもない」
と、途端に恥ずかしくなり、蓉司は続くはずの言葉を噤んだ。
将来なんて解らない。
ただ、
──ずっと、一緒にいるんだろうな。
と、それは予感とも言えるような。
不思議な確信として、蓉司の中で芽吹いた。
END.(2009.1.25)