「 残 像 」




 湿気を孕んだ夜の風が、窓の細い隙間を縫って哲雄の頬を撫でる。
 今夜は雨だろうか。


 それでも、決して窓を閉めることはない。


 ──いつ、帰って来てもいいように…。


 ふと見上げる瞬間。
 振り返る回数が増えた。

 けれど、そこには影も、気配も…ない。


 この部屋で一緒に過ごした、唯一の存在は。
 ある日から突然、帰ってこなくなった…。



 始めは、捜した。

 少しでも心当たりのある場所を、手当たり次第。
 居ても立ってもいられないほど、捜し続けた。


 その間に帰って来ているのではないかと、

 逸る気持ちで部屋の扉を開けた。

 いつものように、少し俯いたような笑顔で迎えてくれるのではないかと。


 しかし、
 暗い部屋では、カーテンが静かに揺れているだけ…。

 一瞬だけそこに浮かび上がる影は、記憶が作り出す幻。




「蓉司…」


 幾度となく囁いた。

 こんなにも呼んでいるのに、その声は届かない。


 それは、過ぎたる願いなのだろうか?

 こうして生きているだけでも、救われたと?

 …その存在がいない世界に取り残されて、何の意味があるのだと?



 諦めかけた日があった。

 でも。
 生きている。

 もし、帰ってきた時に、いなくては困るから。
 だから。
 待ち続けるために、生きる。


 熱い太陽に焼かれる日も、冷たい雨に凍える夜も。
 細く開いた窓は決して閉じることなく…。




 あの日。


 光が透けるように、やけに綺麗だった笑顔を、灼きつけて。


 待ち続ける。



 これからも。




 ずっと…──





                          (END.2009.1.28)