「 胎 動 ・ 滞 動 」
薄暗い部屋の中で、蓉司は横たわっている。
今が昼なのか夜なのかも判らない。
確かめる気も、ましてや起き上がる気力もない。
ただ、善弥がいないという事実だけ。
それだけは蓉司にとって関わりがある。
いない間だけは、体を…心を休めることが出来る。
捕らわれのこの部屋では、ほんの気休め程度にしかならなくても。
いつからこうしていたのか、もう忘れてしまった。
現実、日常、そんな言葉は意味を成さなくなった。
何故なら…──
「ッ、う…」
ビクリと下腹が脈打つ。
食い破る勢いで蠢くものに圧迫される。
それから訪れる、望みはしない解放…。
背徳感も、罪悪感も、薄れてしまった。
もう何度、こうして「生んだ」のか解らない。
心も感覚も麻痺するほど、受け止めるには重い。
部屋中に赤い残骸が散っている。
その中で、たった今生み出されたものだけが、奇妙な水音を立てていた。
不意に、蓉司は下腹を見遣る。
赤い塊が、腹の上に這い上がろうとしていた。
意思でも持っているかのように。
無意識に、手を伸ばした。
ゆっくりと。
緩慢な動作で、触れる。
──あたたかい…。
ぬるりと滑る肉の塊は、しっとりと吸い付くような温度を持っていた。
「…かわいい…」
自然と陶酔の笑みが浮かぶ。
蠢く塊を、優しく撫でる。
しばらくそうして。
唐突に、凍りつく。
指先に伝わる感触に虫唾が走る。
蓉司は撫でていたものを無造作に掴み、壁に思い切り投げつけた。
無残な音がして、塊が潰れて床に落ち──動かなくなった。
その光景がなんとも爽快で。
同時に、言いようのない吐き気が込み上げた。
と、気付けば扉が開いたようだった。
「ただいま、蓉司」
浮かれた艶かしさを含んだ声が掛かる。
「どうしたの? こんな“おイタ”して…寂しかった?」
善弥のひやりとした指が蓉司の頬に触れた。
瞬間、意識が引き戻される。
現実なのか、そうでないのかはもう解らないけれど。
状況を認識する。
永遠の…ゆるやかな牢獄を──
END.(2009.2.8)