「遠き最愛の日々に捧ぐ」
(シュイ×リークス)
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「…こんな所まで入り込んだのか」
「リークス! 話を聞いてくれ!」
実体を持たない魂の存在では、言葉になっているのかなど判らない。
しかし、この想いは届くだろう。リークスへと。確実に…。
だが、受け取られは──しない。
「そんなに息子が大事か? それも愛情という名の偽善か? 所詮は偽りなのだろう?」
嘲る口調で、リークスが口端を歪める。
その腕でグッタリと倒れたコノエに、爪を立てながら。
意識すらも朦朧としているコノエが顔をしかめ、微かに呻く。
「やめてくれ! 罰されるのは私のはずだ。その子は…コノエは関係ないだろう」
シュイは身を乗り出して叫ぶ。
この手で抱き止めることが出来たのなら、コノエを救えたかもしれないのに…。
たったひとりの、息子。
そして、今対峙している猫もまた、たったひとりの…。
どうして、歪みは生じてしまったのだろうか。
「関係がない? よく言えたものだな。
─お前は、この顔をした息子を愛しているという。とんだ戯言だな。
お前が裏切ったこの俺と同じ顔だ。そんなものを、どうして愛せると言える?」
心の通っていたあの頃のように、俺、と言う。今はそれが、哀しい。
発される言葉には、拒絶しか表れていないのだから。
どうして、届かないのだろう。
「君だからこそじゃないか」
ピクリと、リークスの黒い耳の先が揺れたように見えた。
シュイは畳み掛けるように更なる言葉を紡ぐ。
「私は裏切っていない。信じてくれ。─信じてくれていたからこそ、君を傷付けたのかもしれない。
でも、信じてくれなければ取り戻すこともできない。あの頃のように──」
「黙れ。欺瞞だ。言い訳など聞きたくない」
遮られ、腕の中のコノエが揺れる。力が入ったのは無意識のことらしい。
「これ以上、君の悲しむ顔は…」
「悲しむだと? 馬鹿げたことを」
と、リークスは一笑に付した。
興味もなさげに力を失ったコノエを地へ下ろし、まっすぐにシュイの影へと向き直る。
「俺は感情など捨てた。こんなにも邪魔なものはない」
「リークス!」
聞きたくない。彼をそれほどまで追い詰めたのは、自分なのだろうか。
誤解なのに。一度走った亀裂は、容易に修復など出来ない。
それでも…諦めたくはない。
リークスは構わずに続ける。
「何にも惑わされることのない、本当の強さ。理想だとは思わないか?」
自信に溢れたその声が、しかし、シュイには痛々しく突き刺さる。
「違う! リークス、それは違う。感情を…感じる心を失ってしまったら、何のために生きる?
喜びも、美しいと思う心も、愛することさえなくなって…」
「それがどうしたと言う。いつか枯れ果て、裏切られるものならば、最初から見えなければいい」
「どうして…」
それは怖れだ。強さではない。
たった一時の過ちが、こんなにも根深く彼の心を閉ざしてしまった。
彼の生きる道すべてを狂わせてしまった。
それなら、せめて…。
「──私を…私を憎んで、恨めばいい。だから、感情を捨てるなんて哀しいことはやめるんだ」
「フン…何を言い出すかと思えば」
リークスは取り合わない。小さく鼻で笑って眼を伏せるだけだ。
「君の手で、私を葬ってくれ。その怒り、哀しみ、憎しみを持って──生きて欲しい」
「……」
沈黙が、走る。
それから、リークスが顔を上げた。
「自己犠牲か? 傲慢も甚だしいな。
─だが、いいだろう。望み通りにしてやる。
いかにその存在が無意味で矮小なものかということを証明してやろう」
「違うよ、リークス。その怒りや憎しみで、私が君の中に刻まれる。
私を忘れない限り、君の感情は消えない。そうしたら、きっと…」
不意に途切れた言葉は続かなかった。
──あの過ぎし日々は戻らない。その頃の彼に戻してやることも出来ない。
傷付け合うことしか出来ないのかもしれない。
けれど、「彼」を失って欲しくはない。
だから…。
「それが傲慢だと言うのだ」
耳を伏せ、リークスが呟く。
やがて、赤い影が音もなく唇を動かした。
忘、れ、な、い。
そう、微笑んで──
(End)
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初出:2007/11月のC.ity東京にて無料配布本