[ desire ]
(トウヤ&ユキヒト)
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トシマにある、お世辞にも品が良いとは言えないバーで、彼らはグラスを傾けていた。
チームの仲間が死んだ日─
命を懸けたイグラに参加している以上、それは珍しいことではない。
誰もが、その覚悟を持って臨んでいる。
そんな日。
彼らは静かに杯を交わす。
下手な感傷に浸るでもなく、無駄なことは何も言わず。
ただ、静かな一時を過ごす。
それが、彼らなりの追悼の儀式となっていた。
今日は、CFCでのBl@ster時代から組んでいた仲間だった。
…いつ、自分の番が回ってくるのかはわからない。
怖気付くわけでも、かといって闘志を滾らせるわけでもなく、ユキヒトは冷静にグラスを重ねた。
気付けばチームの仲間は一人二人…と輪を離れており、横にはトウヤがただ一人、同じように杯を傾けていた。
チームリーダーとして仲間をまとめているトウヤには、更に深い思いがあるのかもしれない。
すると、
「…あいつも、か」
ホールから響く質の悪い大音量に溶けるくらいに、ボソリとトウヤが呟いた。
初めて、だった。
いつも、故人に対しては何も言わない。
戦い通した者を、言葉にして偲ぶものではないから。それが暗黙の了解となっていた。
このトシマの街も、CFCも日興連も…ニホンそのものが揺れ始めていると、あちこちで囁かれている。
そんな気配を感じ取っているのだろうか。
「弱気になったのか?」
少しからかうような口調で、ユキヒトはトウヤを見遣る。
「バカ言え」
と、即座に一笑に付し、それから、トウヤは表情を改めた。
「…お前は、良かったのか?」
真剣な顔で、トウヤはユキヒトを見据えた。
「何が?」
突然、何を問われたのか解らずに、ユキヒトが訊き返す。
「…ここまで引っ張っちまったのは、俺だ」
─そういうこと、か。
確かに、トウヤに声を掛けられてチームに入ったメンバーは多い。ユキヒトもその一人だ。
こんな危険な場所に…その責任を、感じているのだ。
しかし。
ユキヒトはひとつ、深く溜め息をついてみせた。
「それこそ、バカ言え。 ─ 自惚れるなよ。お前に誘われたからじゃない。俺は、俺の意思で来ただけだ」
「…そうか」
トウヤは静かに返し、それから再び黙ってグラスを仰いだ。
しばらく沈黙のあと。
「─…お前は、死ぬなよ」
ごく小さな声で呟かれた言葉を、ユキヒトは気付かない振りで胸の奥へと仕舞い込んだ。
(END - 2008.6.11.)