[ Private Lesson ]
(ユキヒト×アキラ)



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「 ─ 引き攣ってるぞ」

 そうユキヒトに言われてアキラはスッと笑みを引っ込め、眉根を寄せたいつもの表情へと戻った。

 すかさず、ユキヒトに深い溜め息をつかれる。

「だから、それじゃダメだろ」

「…うるさい」

 次第に理不尽な気がしてきて、アキラはフイっと顔を逸らした。
 あまりにも近い距離でユキヒトに見詰められていて、どうにも居たたまれなくなったのだ。


 近くの洋食屋で働くようになって早数日。
 接客業など初めての経験であるアキラは、覚えることだらけだ。

 これもその一つ。
 接客でいつも仏頂面なのはどうなのか、とユキヒトに諭され、今は部屋で表情の研究をしている最中だ。

 しかし、もともと愛想を振りまくような真似などしたこともなかったアキラには、かなりハードルが高い。
 ただ笑えと言われても、上手くはいかないのだ。

「…じゃあ、お前はどうなんだよ」

 自分だけがこんなことをさせられているのも不公平とばかりに、アキラはユキヒトに言う。

 途端、ユキヒトはフッと小さく笑った。

「俺は…知ってるだろ?」

「……!」

 グイっと後頭部を押さえられ、ニヤリと笑んだままの顔で額を重ねられては返答に困る。

 決して、爽やかに…とは言えない妖しげな雰囲気を伴っている。
 けれど、悔しいことに ─ とても…サマになっている…。
 彼の働いているバーという場所柄からしても、そちらの方が理に適っているのかもしれない。

 すると、

「俺は、お前のことを考えたら自然とこういう顔になるぜ? お前はどうなんだ、アキラ?」

 そのまま耳元で囁きかけられ、ゾクリと背筋が震える。

「ばっ、…なに…考えてるんだよ!」

 言いながら、思わず両手でユキヒトの肩を押して距離を取った。
 だが、顔は離れても背は押さえられたままで、覗き込まれる格好が余計に恥ずかしい。
 …きっと、頬が真っ赤に染まっているだろうから。

「お前は違うのか? なぁ、俺のこと、考えろよ」

 追い討ちのように囁きが続く。


 ─ ユキヒトのこと…。

 と、考え始めれば…。

 笑顔どころか…。

 赤い頬に更に血液が集まり、アキラは俯くしかなくなった。


「おい、アキラ?」

 ユキヒトが面白そうな口調で、確信的にアキラの頬に手を掛ける。

「…っ」

「俺のことを考えると、こうなるのか?」

「も…、いいだろ」

「良くないな。客の前でこんな顔したら困る」

 こんな、色っぽい顔…と吐息で告げられて、勢いよく顔を上げた。

「するわけないだろ!」

「ふーん。俺の前でだけ、か?」

 満足そうなユキヒトの言葉に、アキラは返す言葉もなくなる。


「さて、続き」

「…まだ…やるのか?」

 そうだ、元はといえば笑顔の練習。
 それにしても、ユキヒトの眼が近過ぎるような気がする。
 背に手を掛けたまま、離れないのだ。
 この状態で続けるというのだろうか。

「明日は休みなんだろ? 夜通し付き合ってやるよ」

 余計なお世話だ、と口にする前に。

「…上手くできたら、ご褒美だな」

 再び耳元で囁かれてビクリと跳ね上がるアキラには、まだまだ成果を見せつけられる日は遠いのかもしれない。




─ END.(2008.11.22.)